ポテトチップ
あれから何年になるだろうか、家を出て独立し、兄弟ともしばらく会っていない。
カズユキは上京し、とある出版社に勤務していた。
(あぁ今夜は週末だし、帰って映画でも見ながらゆっくり飲むか)
カズユキは酒を飲むとき決まってポテトチップスを買う。
乾きものでも定番だが、カズユキには自分なりの思い入れがあった。
30年前…
「ばあちゃーん!!腹減ったーなんかない~?」
「今日は母ちゃんがおやつ買ってなかったみたいだから、何にもないね~、タクアンでもくうかい?」
「え~、やだよ、他のがいい!ポテトチップス!」
「だから何にもないんだよ!馬鹿だね、、あ~そうか!あれがあった!」
「何々??なんかあんの!?」
「ちょっと来てみな」
そういわれ台所に婆ちゃんと向かうカズユキ、内心またタクアンではないかと不審になっていた。
「芋だよ、これで作ればいいじゃないか」
「ばあちゃん作れんの??」
「あたしを誰だと思ってんだい!あんたの婆ちゃんは何でもできるんだよ!」
「分かった、はよはよ!作ってー!」
初めての事だったのでワクワクしていたのをよく覚えている。
「俺、ほんというと、ちょっと厚目がいいんだ!」
「はいはい、分かってるよ!」
(ん?分かってる…?)
取り合えず要望通りなら何でもよかった。
油鍋に並々注ぎ、低温で揚げていくその様は、名料理人にも見えた。
「婆ちゃんおれさぁ、前から厚いポテトチップス食べてみたかったんだよね!」
「そうなのかい?まぁ好きな様に作ってやるさ」
ジャガイモ2個分を揚げ、皿にのせ軽く塩をふる。
揚げたてのいい香りが食欲をそそる。
「いただきまーす!! うん!うめぇー」
「そうだろ、そうだろ」
いつもはかなりオッかない婆ちゃんが、この時はヤケに優しかった。
いや?優しいというかニヤニヤしているような感じでもあった。
帰り道、コンビニで買い物を済ませようとも思ったが、ついあの事を思い出したらスーパーへ立ち寄っていた。
目的は勿論“ジャガイモ“そしてちょっと良い“塩“を買った。
『ガチャ』
「ただいま」
誰もいない部屋に帰り着く。今まで仕事人間でやってきたので、帰っても特に楽しみもない、だがこの時は何故か高揚感があった。
(よし、久しぶりに作ってみるか)
油鍋なんて持ってないから、小さめのフライパンにサラダ油を注ぐ。
芋は何mm厚だったろうか、取り合えず2・3mmに切ってみる。
ソロリソロリとジャガイモを切り分け、フライパンに入れてみる。
『パチッ!』
「あっつ! お~コワッ、よし、いい感じだ」
久しぶりのこの香り、婆ちゃんの作るところを見ていただけなので、何ともおぼつかない手つきで揚げていく。
『ジヮ、ジヮ、ジヮ、』
「あっ、やっちまった」
最初は数枚焦がしたものの、慣れてくると上手く揚げれる様になってきた。
「う~ん、いい感じだぞ~♪、これにあう酒はっ、と」
冷蔵庫を開け、しばし悩んだ末にカズユキが選んだのは炭酸水だった。
「そういえば、婆ちゃんあの時意味深な顔で笑っていたな、なんだったんだろう」
カズユキには3つ上の兄「トシカズ」と、そのまた2つ上に姉「ナツミ」がおり、三兄弟の一番下。
いつも兄を「鬼」と呼ぶほど毎日のようにトシカズに弄られていた。
だから何かと姉を隠れ蓑にしており、兄が婆ちゃんとどんなやり取りをしていたのかなんてことはわかる由もなかった。
30年前のカズユキがポテトチップを作ってもらう前の事だ。
トシカズが学校から帰ってきた。
「ただいまー婆ちゃん、俺作って欲しいおやつあるんだ!」
「なんだい、藪から棒に」
「あのさあ、ポテトチップス作ってくれよ、厚くて食いごたえのあるやつ!」
「はぁ~、よく考えるねぇ~、自分じゃやらないくせに」
「だっておっかねーじゃん、失敗したら婆ちゃんブチ怒るだろ」
「散らかしてそのままだから怒るんだよ!人を鬼みたいに言うんじゃないよ!」
そういいながらも婆ちゃんは台所へ向かう。
トシカズは物怖じしない性格なので、婆ちゃんにも平気で物を言う。
「厚さはどのくらいがいいんだい?」
「俺計ってみたんだけど、2・3mmだね、売ってるのもっと薄いじゃん」
こんなやり取りの後完成したのが以前カズユキが作ってもらったポテトチップだった。
「婆ちゃん、今度カズユキにも作ってやってくれよ、俺が言ったってのは内緒でさ」
「なんでだい?一緒に食べればいいじゃないか」
「いっつも俺が弄ってるから姉ちゃんにばっかくっ付いて、よりつかねーんだ。だから俺が言ったっていうと警戒するだろ」
「ほんと馬鹿だね、たまに優しくしてやればいいじゃないさ」
「あいつ、他の子弄って嫌がらせするから身をもって分からせてやってるんだ」
「…全然分かってないよ、多分」
…あれから婆ちゃんが亡くなり20年が過ぎた。
カズユキは郷愁に浸りながら、あの時の疑問を解き明かせないまま自作のポテトチップスを食べ、ハイボールをゴクリ。
「やっぱ、うんめぇわ」