二位ガン 呟く|ω・*)

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うんめぇねぇ~4  おいしい出会い?

 

屋台の おじさん

  

 夏なのに少し涼しい日。

 

香子 はうなだれていた。

それもその筈、突然昨夜、三年付き合った彼から別れを告げられたのだ。

 

夜通し泣き明かし、何もする気力がなくなり、会社も休んでしまった。

 

「はぁ、もう死にたい」

 

(いつプロポーズされるのか心待ちにしていたのに)

 

普段も普通にデートを重ね、たまに泊りに行ったり、来たり。

特にそんな素振りも見せなかったのに、何が原因だったのか、何も教えてくれなかった。

 

 穏やかで優しい人だった。

きっと誰にでも優しいのだろうけど、私には特別なんだと信じていた。

 

『クゥゥ~』お腹が鳴る音にまで腹が立つ。

「お腹すいた… 作るのめんどくさい…」

 

作るよりはまだいいと、駅前のコンビニに億劫ながら出かけることにした。

長い髪を縛り、泣きはらした顔を洗い、化粧下地だけ塗ってアパートを出る。

(誰かに合ったらこんな顔見せられない)

 

 伊海田 香子(いかいだ きょうこ) 32歳

 

普通の人生を歩んできたつもりだったし、普通に結婚するものと自分で思い込んでいた。

 

でも結果は違った。

男を見る目がないと言われればそれまでだが、いきなりこんなことになるとは誰も予想すまい。人生とは思うように行かないものだ。

 

重い足取りでコンビニに向かう。

 

(そういえば最近コンビニ使ってなかったな…)

 

香子は花嫁修業と自分に言い聞かせ、嫌いだった料理を少しでも出来るようにと練習し、彼の好物をよく作るようにしていた。

 

レパートリーも増えた、でももう意味がない。思い出すとまた目が潤んでくる。

 

(あーダメダメ、こんなとこで泣いちゃったら)

 

駅前に近づくと ふとスープの良い香りが漂ってきた。

 

(あれ?なんかいい匂い)

 

駅前とはいえ、ラーメン屋台を見たことがなかったのでやけに新鮮に感じた。

赤い暖簾に大きく【尾石ラーメン】と書かれ、いかにも“ラーメン屋台“といった雰囲気だ。

 

(ゴミも出さなくて済むし、食べていこうかな)

 

恥ずかしながら初めて入る屋台で、緊張していた。

 

「へい!いらっしゃい!!お一人さんですか?」

「あっ、はい」

 

屋台のおじさんの割にいい男だ、まぁ妻子持ちで、40代くらいの脱サラした人なんだろうと憶測で考える。

 

「お客さん何にします?うちはねぇ、醤油ベースが2種類あるんですよ!鶏ガラと煮干しのダブルスープ、それと鶏ガラを煮込んだこってり系ですね!」

 

彼氏に嫌われたくない、とダイエットしていたこともバカバカしくなり、開き直る。

 

「じゃあコッテリの麺大盛りで」

「あいよ!ありがとうございまーす!」

 

あんまり元気がいいので気圧されてしまう、だが今は少し心地が良かった。

作ることに集中している店主、麺を湯に入れ、茹でながら、棚からトッピングを出していく。

 

「あれ?チャーシューって毎回切るんですか?」

「あぁ!これはお客さんに少しでも美味しく食べてほしいんで、切ったら軽く炭火でやくんでさぁ」

 

確かに香子はラーメン店で出される冷えたチャーシューは好みじゃなかった。

だから一度スープの中に入れておく。

 

以前彼といったラーメン店で「なんでそんな事して食べるの?変だよ」と言われたことがあり、それから止めた。

 

(あんな言い方しなくてもよかったのに…)

 

へいお待ち!チャーシューは焼いて出しますけど、お客さんの好きに食べて下さいね!スープに馴染ませて食べるのも上手いんで!」

 

「いいんですか?折角こだわって作ってるみたいなのに」

「ええ、こだわってるのは仕込むときで、焼いて入れるのは心づかいっつーか、まぁそんな感じです」

 

店主がそういい、ニカっと笑うと香子も気が楽になった。

 

「いただきます!ズ、ズズーっ」

一日何も食べてなかったから恥ずかしいながらも勢いよく食べる。

 

食べ終えると。

 

「いや~いい食べっぷりで嬉しくなるね!!」

「だってこのスープが濃厚なのにいくらでも飲めちゃうし、麺は細いのにメッチャモチモチしてるんだもの!凄く美味しい!」

 

嫌なことなど自然と忘れていた。

そういえば一人でご飯なんて何時ぶりだろう、(初対面の人にもこんなに話せたっけ?)と自分でも驚いた。

 

「嬉しいねぇ~また来てくださいよ!」

 「はい!ご馳走様でした」

 

(なんか久しぶりだったなこういうの)

 

ほっこりした感覚が、香子の荒んだ気持ちを包んでいた。

 

 翌朝、香子は仕事に行くことにした。

昨日は(有休もあるし、暫く休もうかな)とネガティブ思考だったが、彼との事が忘れられないまでも、働こうとする気になっていた。

 

(今日も仕事帰りにあの屋台いってみよ♪)

 

密かな楽しみが増えた、もう友人たちも殆ど結婚し、彼がいた時間は友人と遊ぶことなど全くなくなっていたので一人の時間を持て余してしまうのだ。

 

それなら、いっそ好きなことをしようと決めた。

 

彼との事は、思えば束縛に近かったのかもしれない。

でもそれも解放されたと思えば、と自分に言い聞かせ足早に駅へ向かう。

 

(今度はあっさりも食べてみよう、何か他にもメニューあったみたいだし、おじさん面白かったしな~)

 

 仕事が終わり、家にも帰らず職場近くの駅前に一直線に向かう。

(お腹すいた、っていうかおじさん今日いるのかな?)

 

居なかったらご飯をどうするか、よりも寂しいという気持ちがほんの少しあったのかもしれない。

 

『キ、キー、』

ドアが開くとともに足早に降りていく。

 

「おじさんいたー!あれ?なんだか人が多いな」

 

昨日は香子一人で食べ終わるまで誰も来なかったのに、今日はやけに多い。

カウンターは4人しか座れないので既に満杯、今日は屋台横に4人掛けのテーブルが二つ出ており、既に2人が座っていた。

 

「こんばんわ、時間かかります?」

「おう!いらっしゃい!!また来てくれたんですね!」

 

またニカっと笑顔で迎えてくれた。

 

「ここまだ空いてるんでどうぞ!後から来たら相席になっちゃいますが」

「うん、それでいいです!今日はあっさりもらおうかな!他にもメニューありました?」

 

「はい!メニューってほどでもないですが、これどうぞ」

メニューには“煮卵、チャーシュー、メンマ、鶏ハム、生ビール“があった。

 

「じゃあ鶏ハムと生ビール一つを先に!」

「あいよ!ありがとうございまーす」

 

やたらと声が高い。でも何故か心地よかった。

(おじさん元気だな~)

 

「ハイお待ち!ゆっくりしていってね!」

「いただきまーす!」

 

先ずは生を一口、仕事帰りで何も口にしていなかったから何とも言えず美味い。

鶏ハムも見た目は白っぽく味がついてないのかと思いきや、塩味が絶妙につけてある。

軽く噛むだけでほどけてくようだ。

 

(え~美味しいっ、ビールにも合う)

 

香子があまりに美味しそうに飲んでいたせいか、カウンターから年配のおじさんが声をかけてきた。

 

「お嬢さん、美味しそうに飲むね~!常連さん?」

「いえ、昨日が初めてなんです」

 

「そうかぁ、あれ?店主さんはいつからここに出してるの?」

「へい!昨日からです!ですからあちらのお姉さんは常連さんでっ!」

 

(たった一回で常連!?)そう思いながらも香子は嬉しかった。

初の“常連“を獲得し、おじさん自ら常連と言ってくれたのだ。

 

「へい!醤油あっさりお待ち!」

「はい!いただきます!」

 

そうするとお客のおじさんが、「店主さん、私も鶏ハムとビールもらおうかな」

「へい!ありがとうございまーす!」

 

おじさんが真似すると隣にいたカップルも「こっちにも同じのおねがーい!」

 

何か自分から連鎖したのが恥ずかしいながらも、売り上げに貢献できたのならと喜んでいた。

 

「んん~、あっさりも美味しい♪」

 

つい感想を口にすると隣のカップルの彼女が「ねえ、お姉さんのあっさりって言ってたけど他にもあるの?」

 

「ありますよ、コッテリ!あれはご飯入れても美味しいかも」

 

「ええー!今度頼んでみよ!ね!タクちゃん」

「いいね~!っていうか俺も生一丁!」

 

「はい!ありがとうございまーす!」

 

こうして彼女たちの中で屋台の輪が広がりつつあった。

 

 アルバイト

  あれから毎日とはいかずとも、週に二回は屋台に行くようになっていた。

もう香子の中であの屋台はなくてはならないものなのだ。

 

「おじさんにいつまでも元気でいてもらわないと」

 

とはいえ少し違和感があった。

おじさんと思っているし、自分より上には見えるのだが所帯じみていないのだ。

 

屋台でもかける曲は今時の物ばかりだし、おじさんの割にやたらと機敏だ。

(まさか、ね)

 

「どうも~!今日は混んでるね!」すっかり香子も常連になっていた。

「へい!香子ちゃんいらっしゃい!」

 

「なんか何時にも増して混んでない?尾石さん手回る?」

「いや~お客さん待たせちゃって申し訳ねぇんですよっ」

 

何かが香子を突き動かした。

 

「ねぇ、手伝おうか?どうせ待つんだし、私急ぐ用事無いから!」

「いやいや、お客さんに手伝わせるなんて申し訳なくて出来やせんや!!」

 

以前から思っていたが、このおじさん江戸弁の様な話し方をする。

 

「じゃあこういうのはどう?私をアルバイトで雇うの!報酬は生ビールと鶏ハムでいいよ!」

香子が笑顔で言うと、店主は少し照れくさそうに、

「じゃ、じゃあ今日だけ頼んまさぁ!あちらのお客さんに注文取りお願いしやす!」

 

 「あいよ!」

 

ちょっと恥ずかしくもあったが、自分の今までの人生で、こんなにアクティブになった事があっただろうかと高揚感に満たされ始めていた。

 

「こんばんは~、あれ?香子ちゃん何しているの?」

 

二度目の時に合ったおじさんだ、名前を井筒と言い、単身赴任中なので帰宅途中に良く寄るようになっていた。

 

 「井筒さんいらっしゃいませ!今日は臨時でアルバイトですよ!」

香子がそういうと。

「あら~、看板娘ゲットしちゃいましたね、きーさん」

 

屋台の店主は名を尾石 喜一と言い、井筒に「きーさん」と呼ばれていた。

 

「なっ、何言ってんです、香子ちゃんは見るに見かねてっスよ!」

明らかにテンパっている。

「そんなに照れなくても、まだ若いんだからいいじゃないですか、いや~、いいですね~」

 

「ん??」香子は一つ引っかかった。尾石の年齢だ。

「えっ?尾石さんていくつなの?」

 

「へい!31です!」

 

 

「え、えぇー!!!うそー!?私より年下なの?」

 

つい大声で自分の事を暴露してしまった。

井筒さんは話を聞きだすのが上手だと以前から思っていたが、既にそこまで聞き出していたのか、 中々食えないおじさんだ。

 

「香子ちゃん、姉さんなんすか!?」

喜一も仕事中にも拘らず、香子の年齢が気になったようだ。

 

「うふふ、お二人さんお似合いですよ」

井筒がそういうと、常連のカップルも加わってきた。

 

「香子ちゃん可愛いから同じくらいかと思ってた~」

常連カップルの優ちゃんだ、彼氏のタクヤ共に25歳、この屋台での常連仲間になっていた。

「いいねー!キーさんこのまま雇いなよ!永年雇用!」

 

「皆さん、そんな冷やかさないで下さいよっ、香子ちゃん、“さん“が迷惑してるじゃないですか」

 

 「いや、今更“さん“付けもよそよそしくない?今まで通りでいいよ」 

香子がそういうと喜一は安心した表情になった。

 

「きーさん奥手だからね~、こんないい男なのに」

 

何故か勿体付ける井筒さん。香子は喜一が独身だという事にやたらと関心を持ってしまっていた。

(井筒さん、まだ情報ありそうだなぁ~)

 

「取り合えず仕事しやす!香子ちゃんあちらさんにコッテリお願いしやす!」

「は~い」

 

香子はこの後の生ビールより、喜一に話を聞くことが楽しみで仕方なくなっていた。

 

 

 宴の後

  「ねえ、喜一さんって呼んでもいい?」

香子が店の終わりに常連達と喜一を囲んで飲んでいた。

 

「へい、お好きな様に呼んで結構で!」

 

「あらあら、香子ちゃんってこんなに積極的でしたか??」

井筒がそういうと。

 

「だって~、私ずっと喜一さんの事年上だと思ってたんですよ!しかも勝手に妻子持ちとか思ってたりして、あぁ~恥ずかしい」

 

 喜一も流石に妻子持ちと思われていたことはショックだったようだ。

 

「あっしはそんなに老けて見えやすかね~」

「キーさん、老けて見えるっていうより、貫禄があるんだよ!」

すかさずタクヤがフォローした。

 

「ね~、香子ちゃんキーさんの事、気になってたの?」

「優ちゃん、何言ってんの?!んー、まぁ、結婚してるのかな~とかは、ねっ」

 

「いいんじゃないですか、私二人の事応援しますよ!」

 

二人とも恥ずかしそうに顔を見合わせる。

「こういう時はあれだよ!キーさん、男からだぜ!」

 

「いや、はや、ちょっと皆さん待って下さいよ!香子ちゃんの気持ちも聞かずに一方的なっ」

「お~?という事はきーさん満更でもないんだね~?」

「井筒さぁ~ン」

 

「 …私はいいよ」

 

「えっつ?!今なんて?」

 

「だから~、私はいいって言ったの!」

 

「ひゅー!!!俺なんかでいいんですかい?こんなラーメン馬鹿なのに!」

 

「うん、いいよ。私だって一つ上だけどいいの?」

「いいも何も、こんな綺麗な人、当然彼氏がいるもんだと思っていやした」

 

「そうじゃなくて、まだ答え聞いてないよ、き・い・さ・ん」

酒のせいもあり、今夜の香子は一段と積極的になっていた。

 

「ほら、きーさん答えてあげなさい」井筒が笑顔で言うと、落ち着いた様子で喜一は言った。

 

「ここで言わなきゃ男が廃る!香子ちゃん!俺っちと付き合ってくだせー!」

 

 「はい!喜んで!」

 

「接客の掛け声みたいだなぁー!」タクヤがそういうと屋台が笑いで包まれていった。

 

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