二位ガン 呟く|ω・*)

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うんめぇね〜 2 黒文字という名の木

 康子は朝娘を見送った後、店のお通しを何にするか悩んでいた。

 

  彼女はスナックを営んでおり、お客に出すお通しは自分で作り買ったものをそのまま出さないのが信条だ、これは来てくれたお客に少しでも気分よく飲んでもらえる様にと彼女なりの心遣いだ。

 

 だが 今日は中々思いつかない。いつもならパッと思いつくのだが、今日は何を出そうか悩んでいた。

 

「どうしようか、今日は思いつかないな…」

 

 昨夜は珍しく、仲のいいお客に遅くまで付き合い飲み過ぎてしまった。

子供も送り出した後だし、寝不足だと思考が鈍るので一寸寝ることにした。 

 

   一時間ほど寝ただろうか、頭がスッキリしたところで起きてみると、丁度知り合いの仕入れ先から電話が来た。

 

 「あっ、もしもし康子ちゃん!?今時間あるかい?黒文字ってので何か作れねーかって知り合いから相談さてんだけど、何すればいいかわからなくてさ、良かったらちょっと知恵貸してくんねーか」

 

「いつもどうもぉ~!そうですねぇ、じゃあ30分ほどしたら伺いますね」

 

 そういうと康子はそそくさと身支度を整え、軽めの化粧をして向かう。

 

仕入れ先に着くと八百屋の店主以外に、スーツを着たどこぞの職員らしき男がいた。

 

「どうも、康子です~、よろしくお願いしますっ」

 

「あっどうも、わたくしK市役所の田村と申しますです!実は今回、黒文字という木があるんですが、これを使って何か出来ないかここのご主人にご相談に来た次第でして!」

 

 田村は緊張した面持ちで康子を見ている。

無理もない、康子はスナックを経営しているだけでなく美人でも有名だった。

童顔な半面、気丈な性格だが、誰に対しても温和なので同性、異性ともに好感をもたれる。

 

 話を聞くと黒文字とは爪楊枝に使われる植物で、爪楊枝以外にもお茶にするととてもふうわりと甘い香りがするのだそうだ。

 

彼はこれを使って何か出来ないかと上司に無茶ぶりされたようだった。

先ずは一杯、皆でお茶をいただくことにした。

 

「あらいい香り、お酒の後にもよさそう!それに綺麗な色合いですね」

 「ああ、確かにうまいなっ!そうなんだけどほかに何にも思いつかねーんだよなぁ」

 

 実際、黒文字には生薬名はないものの、枝と葉は薬用になり、昔は蒸留油は香料としても使われることもあったそうだ。

 

他にも石鹸、化粧品にも使われていたという話もある。

 

  康子はお茶を飲み終えピンと来た様だ。

 

「私ちょっと思いついたものがあるから今夜お店に来てもらえます?店を開ける前に味見をしてほしいの」

 

「おお!待ってました康子ちゃん!頼むぜ」

「よろしくお願いします!」

 

そういうと康子は片栗粉と餡子を買い、黒文字のお茶のレシピを聞いて店へ向かった。

 

  …数時間後

 

「ただいま~!」

娘が学校から帰ってきた。

 

「お帰り、今日のおやつもうちょっと待ってね、珍しいの作ってるから」

「えっ?何々!私もしたい!!」

 

娘は玲子と言い、小学4年生だが母親思いで好奇心旺盛、店のお通し作りもよく手伝ってくれる。

 

「じゃあ玲ちゃんは、そこの片栗粉に隣にあるお茶を入れて、ヘラでゆっくり混ぜててもらおうかな」

 

「いいよー!っていうか何?このお茶、きれい!」

「くろもじって言うんだって、この木を煎じるとピンク色になるんだよ」

 

 玲子は母の言うように、ゆっくりゆっくりと片栗粉を混ぜる。

その後温め、トロリとした状態になったら丸い容器に入れ、手で丸めた餡子を入れ、ふたをするように残りの生地を事を入れた。

 

  ほんのり甘い香りが店内に漂う。

 

「今日はお客さんにも出してみようと思うんだ」

 

 「え~!!先に私が味見してからねっ!」

 「わかった!玲ちゃんと一緒に味見ね」

 

 康子にとって娘との時間は至福の時だ。

今は借家でお店兼自宅に住んでいるが、結婚し嫁に入った頃もあった。

家を出、離婚したのはよくある「嫁、姑問題」である。

 

  康子は姑のイビリ自体は対して気にしていなかったが、夫のマザコンぶりに呆れてしまい、このまま居るのは自分にとってもマイナスでしかないと判断したからだ。

 

…丁度固まった頃店に彼らがやってきた。

 

『カランコロン』

 

「康子ちゃんきたぜ!どうだい!あれから?」

 「どうも、お邪魔します!」

 

「いらっしゃいませ!どうぞ座って下さい」

 

そういうと康子はカウンターに2人を案内し、冷蔵庫へ向かった。

 

「いらっしゃいませー!あっ八百屋のおじちゃん!」

「おぅ!玲ちゃん!これお土産なっ」

 

そう言うと玲子は箱一杯のパインを受け取った。

「え〜っ!こんなに、ありがとうございます」

 

「いやいや!これは田村さんからなんだよ」

「私、なんにもしてないのでせめてもの御礼ですっ」

 

「なっ!気前いいだろぅ!いい男なんだよ」

田村は真っ赤になり照れくさそうにしていた。

 

「本当にご馳走様です、今日大丈夫ならこれから出すものをつまみに少しお飲みになっていきません?私からの奢りです」

 

そう言うと康子は厨房の冷蔵庫からトレーを取り出した。

「おっ?なんだいそれ?なんかかわいいね~」

「黒文字のお茶を生地にして、水まんじゅうにしてみました、甘めのものはウィスキーに合うと思うので良かったらどうぞ」

 

   ちゃっかり玲子もカウンターに座っている。

「玲ちゃんも一緒にたべような!」

「はい!お二人共どうぞ」

玲子におしぼりを渡されると田村は更に照れくさそうにしていた。

 

「大人っぽいお子さんですね」

「うふっ、真似してるだけですよ」

 

「え〜っ!そんなことないもん!お店のお姉ちゃんたちの真似して勉強してるんだよ!」

「はいはい、玲ちゃんも早く座ってね」

 

「あのお茶が美味しかったもんだから甘めに味付けして水まんじゅうにしてみたんです、どうぞ召し上がれ」

 

黒文字はお茶に煎じるとピンク色に色づく、これを水まんじゅうにしたのだ。

 

「これ、女性受けもよさそうですね、色合いがいい、それにあの香りもそのままだ」

 

田村の反応もいい。

 

「康子ちゃんよく思いついたね~、うちの母ちゃんなんかめんどくさがってさ~、そんなもん長い楊枝にして団子でも刺しゃいいんだよだってさ」

 

八百屋の店主ともに受けが良く、ウィスキーも一気に飲み干してしまった。

 

「今夜のお通しにこれもつけてみて、お客さんの感想聞いてみようかと思ってるんです」

 

「そりゃあいい!俺も今夜こようかなぁ」

「じゃあ私も!」

 

「ありがとうございます、でも数足りるかしら」

 

カランカラーン♪♪

「ママ、おはようございますー!」

店員の千恵が出勤してきた。

 

「あれ?私遅刻じゃないですよね!?」

「違うのよ、ちょっと味見しに来てもらってたの」

 

「いいな〜なんか可愛いの食べてるぅ〜」

千恵がそう言うと玲子がひとつ差し出した。

 

「はい!千恵さんも!」

「わぁ〜ありがとう、 えっこれ美味しぃ!お店で出すんですか!?」

 

「今日出してみるのよ、お客さん達の反応が楽しみ」

 

康子が笑顔でそう言うと皆が笑顔になる。

 

玲子はこんな母を自慢に思う。

色んなお客さんが来る、時には揉め事もある。

遅くまで起きてるとたまにそんな所を見てしまう。

 

だが母はお客が帰る時には笑顔させて送り出す。

 

ここは暖かい場所なのだ。