二位ガン 呟く|ω・*)

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三番目の男 6

  書いても書いてもというか、彼の伝説は次から次へと出てくる。

 

じいちゃんとっては大したことではないのだが、私達には奇行な行為なのだ。

 

  あれは8年ほど前だっただろうか、じいちゃんは大腿骨を骨折した事がある。

ある夜の事だった。私はその頃忙しく、毎日遅くまで残業して帰っていた。

 

  家に着いた頃9時を過ぎており、腹が減ったので早く夕飯を、と思っていたその時だった。

 

  テンテンテーン♪、テテテテテンテン♪とアンパンマンマーチが流れていた。

 

「ただいまー!なんかアンパンマンマーチ鳴ってるなー?」

 

それを聞いた瞬間、妻が走ってきた。

 

「じいちゃん!どうしたー!?」

 

  もう私の食事どころではなかった。

 

話を聞くとじいちゃんは昼間畑で水をやる為に少し斜めの側溝に水をくもうとした所、転んで右側面の大腿骨を打っていたそうだ。

 

(やばくね!なんで寝てるんだ?)

 

  なぜ妻に救急車を呼ばなかったのか聞いてみた。

 

 

 理由は、「寝てれば治る」が発動していた様だ。

これはジジスキルで、いつもは病院に行きたがるくせに、痛いことがあると行きたがらない。

寝てから既に5時間以上は立っていたのだろう、すぐに救急車を呼び隊員が来た。

 

「だいぶ熱持ってますね、なんで放っておいたんですか?」

 

この言葉に妻はイラっとした様だ、妻は放っておいたわけでは無く、何度も「病院行こう!」と説得していたらしい。

 

 

 救急車の付き添いは私が行くことにした。腹が減って仕方なかったが先ずはじいちゃん優先、「明日は仕事に行けないな」と思っていた時。

 

「俺の事病院に連れていぐかぁ~?」

 

と、いかにもやっと連れていくのかよ、と言わんばかりのいい方で言うのだ。

いつもそうだ、イラっとする言い方はジジ・ババ共に同じだった。

 

私もジジになればそうなるのかと思うも時もあったが、多分他に考えることがないと、人がどう思っているか気になって仕方ないのだろう。

 

 それから移動中何度も隊員が電話をかけたが、中々病床が開いておらず、受け入れ先に着いた時には12時を過ぎていた。

 

 

受け入れ先は救急救命、大きい声で話さないとじいちゃんは聞こえない。

 

「寒いすけ、もっと毛布くれ~」

「はいはい、今借りてくるね」

「はぁ?なんだや?」

「だから今借りてくるんだよ!」

 

 そうこうしているうちに妻が食料をもってやってきた。

息子は私の母親に頼んで預けてきたそうだ。

じいちゃんはやっと着いた妻の顔を見るなり

 

「美津子ぉ~おれなぁ~寒いんさ~、もっと毛布くれっちゃ~」

 

私が借りてきてもまだ足りなかったようだが、気を遣うような人ではない、嫁が大好きなのはいいが「ちくしょう」と思った。

 

 

 翌日、朝病院に着くと「ここは病床満員なので近いところ開いていたので転院しますね」と言われ、また救急車に乗る羽目に…

 

救急車は乗りたくありません。もう沢山です。

 

人が疲れている中、彼は看護師に「おめさん結婚してるんだかね?」と数名に声をかけていたようだ。まったくもって意味不明。


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「おれな~看護婦に独身のいたら、達夫に紹介しようとしてやれ~」

 

 余計なお世話だ。

そんな余裕があるのかよと、呆れ半分だった。

 

達夫というのはじいちゃんの妹の息子で、60歳を過ぎ未だ独身だった。

 

じいちゃんは行く先々で結婚相手の斡旋をしようとする。

だが中途半端なのでうまく行かない。

 

 面白いじいちゃんと思われているので、大抵どこへ行っても悪くは思われないらしい。

私なら言えない。恥ずかしい。

 

「じいちゃん、そんな余裕があるなら直すことに専念せっちゃー!」

私がいうと。

「ホッホッ、んだのぉ~」

いい気なもんだ。だが「ホ」が一つ足りないのでいつもより余裕がない。

 

 その後、病院で手術を終え、息子とともにレントゲンを見せられる。

 

「じいちゃん体になんか入ってる!」

小さいながらも敏感なようで。

「そうだよ、じいちゃんサイボーグになったんだ」

意味は分かっていない様だったが、私が面白いから言っていた。

 

 問題は退院してからだった。

 

 ケアマネ・自宅リハ・介護用品の専門が一堂に集まり今後の内容を話し合う機会を設けてもらった。

介護用品の担当者以外は女性、何を思ったか彼はテンションが上がっている。

 

「おめさん方はどこの人だね~?」

 

女性職員が耳が遠いじいちゃんに近づいて話す。

 

(なんてうらやましい)

 

ではなく明らかにニヤニヤ喜んでいる。

 

 またじいちゃんは何かやらかすのかとヒヤヒヤしたが、この時は違った。

 

後日、週に二回は自宅リハビリがあり、他はデイサービスでリハビリとお風呂。

最初はかなり嫌がっていた。

 

「なんでいかないの?じいちゃんの為なんだよ!」

 

妻がそういうと

 

「金かかるがと思ってのぉ~」

 

やっと本音を言ったかと思えばそんな理由だった。

 

「ちゃんと行って綺麗にしとかないと今度は別な病気になってしいまうよ!」

 

 私も流石に気遣わせているのが情けなくなった。

 

「そんな金くらい稼いできてやるわ!心配すんな!友達作りに行ってこい」

 

そういうと彼は素直に頷いた。

 

 

 レジェンドはただでは転ばない。

既に転んでしまっているが、起き上がる時にとんでもないことを起こす。

まさに七転び八起き、妻には「そんなに転んだら困るわ」と言われたものだ。

 

 

 じいちゃんはデイサービスは仲間が出来て楽しいらしく、拒まないようになった。

だが、自宅リハに関しては全くやろうとしなかった。

 

妻に言うと刺されそうだが、自宅リハの女性はかなり綺麗で、優しく、違う職業でもいいんじゃないかと思うほどだった。

 

私がリハビリしてほしいくらいだったが、じいちゃんは拒み続けた。

結果、変な歩き方になってしまい、壁伝いで歩く癖がついた。

 

「なんで家だとやらないの?!」

 

 いくら言っても言い訳もろくにしなかった。

 

未だに謎である。リハの人が好みでなかったとしか思えない。

 

 

 実はうちのじいちゃん、二度大腿骨を骨折している。

 

 右の骨折から数年後、息子も小学生になったばかリの冬、私は無理が祟り腰を壊し、日曜の昼間から寝室で休んでいた。

 

『ドカーン!!!』

 

何か大きい音がした。

丁度ウトウトしていたので少し寝た後、数十分もしただろうか。

 

「ㇵッ!?」

 

もしやと思い、壁伝いに一階に降りるとそこにはじいちゃんが倒れて唸っていた。

 

「おぉ~俺の事布団に連れていくかぁ~」

 

 なんでいつも疑問形なのだ。

それはともかく、自分のことで精いっぱいだった私はじいちゃんをどうにか抱え、ベッドに上げようとする。

 

「よし!んだ!上手だ~!」 

 

 いちいちむかつく…

こっちは腰が限界寸前なのだ。

 

 彼をどうにかベッドに乗せ、救急車を呼ぶ前に電話をしようとした時。

 

「寝てれば治るすけ、大丈夫だぁ~」

 

また志村バリの大丈夫だぁ~が出た。

全く持って説得力がない。

 

「わかった、これはどうだ?」

 

少し起こそうとする。

 

「いででで、ダメだ、寝かせてくれ、寝てれば治る~」

 

 多分折れている…

 

私自身、やり取りをしている余裕がなくなってきたので実家のお義父さんにおかずを置きに行った妻に電話した。

 

「ええ~っ!?今度どっち打ったん!?」

 

 やはり打ちどころを気にするか。

 

「左みたいだな、寝てれば治るの一点張りなんさ」

 

 そういうと妻は帰るまで待っているように言った。

救急車の付き添いを自分が行く気だったからだろう。

 

私は茶の間で待機することにした。

痛かったら呼ぶように照明のひもに防犯ブザーを括り付け、使い方をじいちゃんに教えた。

 

『ビビー!!ビビー!!ビビー!!』

 

 凄まじい音が家中に響き渡る。

 

「どうした!?いてーか!」

 

焦って部屋に行くと。

 

「どんなんか引っ張ってみたら鳴ったんさ~」

 

腰が悲鳴を上げた。

(この野郎)

 

そうこうしているうちに妻が帰って来た。

 

「じいちゃんどうしたん!?なんで?」

 

 原因はトイレから戻る時に滑って転んだことらしい。

その頃は、歩行器を使って歩くようになっていたので部屋にポータブルトイレを置いていた。

 

それにも拘らず使わなかったのだ。

イミフである。

そういえばじいちゃんは以前私たちに捕まっていた。

 

「布団の中にバケツを持ち込み、自分が四つん這いになった状態でオシッコをしている疑惑」である。

 

 長いタイトルでしかも汚い話で申し訳ないが、事実である。

はっきり言って布団の中にバケツを持ち込み、自分が四つん這いになった状態でオシッコをするなど、難易度が高すぎてする気にもならない。

 

 

さすがレジェンド

 

 これも妻からのタレコミで二人でたまたまだが、じいちゃんの部屋のふすまを少し開けてみていたら見つけた。

 

「現行犯ですね」

「まて、おしっこが終わったら確保だ」


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布団を汚されたら敵わない。

 

 これが元でトイレかポータブルになったのだが、多分座るのも面倒だったのだろう。

 

話は戻るが、じいちゃんは程なく救急車に乗り妻と病院へ向かった。

 

私は車もろくに乗れなかったので息子と待機する事にした。

 

じいちゃんはこの時、直ぐに転院はなくそのまま手術となった。

そして数日後、じいちゃんを見舞いに家族で行くと、そこには凶悪犯のように完全拘束されたじいちゃんの姿があった。

 

 

7へ続く