倫理、道徳、人が作り上げた守るべきもの。
それでも人は守れないほど惹かれてしまう時がある。
それは愛か、
それとも欲望なのか、
決めるべきは自分自身。
何事にも責任は付きまとう。
decide
あれから数日、シュウとカナは普通にメールのやり取りをしていた。
たまに電話での会話も交えながら。
だが和明との事にはまだ触れていなかった。
(核心に触れたい、彼女に会って話してみたい)
いつしかシュウの心の中にはいつもカナの存在があった。
支えとも言うべきなのだろうか。
(シュウ君、私があまり電話したら迷惑かな… どんな人なんだろう)
カナもまた、シュウとのやり取りが生きがいとも感じ取れるようになっていた。
「私はいつまでもこのままじゃダメなんだ、自分で決めなきゃ」
それはある種の覚悟であった。カナの中で、まるで一矢報いるかのような思い。
家族も、シュウも思いもよらなかった決断。
その日の夜。
「お父さん、お母さん、話があるの」
「なんだ~? 相手でも出来たのかぁ?」
「えっ!?茶化さないでよ!」
(びっくりした)
「早く本題に入れ、勿体ぶられるのは嫌いなんだよ」
「じゃあ言うね… 私… 和明と成哉と三人で暮らしてみる」
「あぁ、そうか んん!!?なんだと!?オメェ、まだ凝りてねえのか!!」
父の怒号が響き渡る。
「待って、お父さん。カナの話を最後まで聞きましょうよ」
母は父を静止し、カナ意思を確認する。
「ごめんね、急にこんな話。怒るよね、お父さんいろんな事してくれてるのに」
「そんなことはいいんだよ、俺は… いや、俺たちはな!娘のためにならなんだってしてやる!そりゃお前は既にいい大人だ。でもな、俺たちにとってはいつまでも娘なんだ!それを忘れんな」
父はそう言い、カナに背を向けた。
「うん、とっても嬉しい。私、今回の事でこんなに両親に思われていたんだなって気づけて良かった」
「はんっ…だったらあんな馬鹿の所に行くんじゃねぇ、ったく」
母が口を開いた。
「カナ、あんたの考えを聞かせなさい。単に成哉に会いたいからって訳じゃないんでしょ」
「… うん。私ね、あいつが何処まで本気なのか、ううん、多分適当に言ってるだけだと思う。だから最後のつもりなんだ」
「どういう事?」
「やっぱりね、今まで嫁いで頑張ってきたけど、三人暮らしってしたことないから、和明も母親が常にいる状態じゃなかったら何も言い返せないと思うの。そこでどれだけの意思表示が出来るのか、これが出来ずにいたらずっと後悔しちゃいそうで」
「負けたくねぇんだな」
「そう、お父さんよく技術屋さんに言うじゃない?自分の目で物を見て、やってみてから言うもんだって」
「そんな事よく覚えてたな」
「だって私が身に染みてる一番の言葉だもの」
「意思は固いのね?なら止めません、でも危なくなったら必ずここに来る事。連絡もして、それが条件よ」
「ありがとうお母さん」
「豊子、何勝手に決めてんだ。 カナ、絶対に自分だけで解決しようとすんじゃねぇぞ
あいつらは一筋縄じゃいかねえ、俺が今まで見てきた中で一番腐った奴らだ」
こうしてカナは三人で暮らす決意をした。
思いは隠したままに…
a fake family
「シュウ君、ごめんなさい。折角相談にのってくれたのに、結局三人で暮らしてみることにしました。今回の事で一杯心配かけてごめんね」
シュウはこのメールを見て、胸の中に黒いものが湧き上がるのを感じた。
それは初めての感情。
(なんだ?このモヤモヤ、何も考えられない)
今まで普通に男女問わず付き合いがあったシュウには『人に知られてはマズい』と思ってしまう状況のやり取りに免疫がなかった。
普通とは何か、ここでこの定義は問うまい。だがシュウにとっては緊急事態であった。
「正直びっくりしました、カナさん本当に大丈夫なんですか?僕の気持ちを伝えます。行ってほしくないです。今までの経緯を聞いてきて、とても大丈夫な状態じゃないと思います。何か話したいことがあったら言ってください」
カナからの返信は直ぐには来なかった。
(俺は何に苛立ってるんだ…)
思いもよらない結果に感情をコントロールできないシュウ。
翌朝、土曜という事もあり三人暮らしの為に早速カナは荷物をまとめ、和明と成哉が待つアパートに向かう。
「いいかい、くれぐれも言っておくけど主導権を握るんだよ。子供の前じゃそう馬鹿なところは見せられないだろうからね」
「うん、多分何か吹き込んだりもので釣ってるだけだと思うよ。用心します」
出発前、母とこんなやり取りをしていた。
とはいえ不安はある。
あの和明だ、やることは幼稚だが力では敵わない。
なら手を出せない状態にしないといけない。カナは強くなろうと決心したからこその決断だった。
アパートに着く。
《ピンポーン》
「おっ!せいやー!お母さん来たぞー」
恐る恐る扉を開ける、そこには怖い顔をした成哉が待っていた。
「成哉?ごめんね。寂しかった?お母さん…」
「うるさい!」
成哉はいきなり後ろを向いて奥へ走っていく。
「あの子に何吹き込んだの!?」
ショックを隠し切れない、だが既に戦いは始まっていたのだと、カナに厳しい現実が付きつけられる。
「何も吹き込んで無いさ、俺も言ったんだよ?お母さんは忙しいから帰ってこれないだけだってさ」
和明は軽くニヤつきながらカナに言った。
「そう、いいよこれから修復していけばいいんだから」
カナの毅然とした態度に怒りを覚える。だが和明の目的はそれだけではなかった。
「俺からも言っとくから、マッ、ご飯用意したから食べよう」
「えッ?ご飯なんて作れたの!?」
「えっ、いや…」
何か以前と違う、強い違和感を覚えるカナ。
それを素直に行為とは取れない、取ってはいけない。単に「ご飯を用意した」と言ってるだけなのに疑心暗鬼に駆られる。
「何これ」
そこにあったのはコンビニで買ったであろう、おにぎりやサンドイッチだった。
「成哉にいつも何食べさせてたの?実家じゃお義母さん作ってくれてたんだよね?!」
「そりゃあ大丈夫だよ、なぁ成哉?」
黙って何も話さない成哉。(何があったの)
「ちょっと待ってて」
カナはキッチンに向かう。
冷蔵庫を開けてみるが大したものは入ってない。
(こんな事だろうと思った)
鍋を出し、お湯を沸かしている間に持ってきた材料を切る。
人参、油揚げ、豚肉、玉ねぎ。
家を出てからスーパーにより軽く買い物を済ましていたのだ。
「できたよ~、成哉熱いからふーして食べようね」
「… 」
「おー、豚汁かぁ久しぶりだなぁ!」
和明は言った後にマズいというような顔で目を背けた。
「いいんだよ、成哉お母さんの事怒ってるなら、でもご飯はちゃんと食べようね」
「…うん」
成哉が涙を浮かべながら豚汁を啜る。
おそらくご飯も作ってあげていなかったのだろう。
(やっぱりこの人たちとは)
思いはあれど口には出さず秘めるカナ。