今回ちょっと趣向が違いますが、お読みいただければ幸いです。
自分で学習したこと、他人から学んだこと、を発信していきたいと思います。
INPUT [知識欲]
INPUTこの言葉は結構知られていると思います。
簡単にいうと「知識を頭に詰め込む」ですね。
何をするうえでも「学習」は必要だと思います。
ですが、学習の意味を間違えると方向性がとんでもない方向へと向かい、これが元で人間関係にまで響いてきます。
基本的なことですが、人は自分に置き換えて考える「癖」の様なものがあると思います。
「人の気持ちになって」というのであれば、それは大事なことでしょうが、反面、「自分がそうだから、他人もそう思っている」、若しくは「自分と同じくしてあるべきだ」と考えがちではないでしょうか。
blogで発信している方にはそういったことが少ないように感じます。
はてなブログで言えば、「肯定しあう」「否定的に思ったことは何も言わない」「応援しあう」といった良いサイクルが多くみられるからです。
INPUTとは、学習・経験などを経て自分に詰め込んでいくことです。
当然OUT PUT《発信》するためには知識が必要です、ですが知識を入れる際に重要な点があります。
それは何でしょうか。
判断力
現在私たちの周りにはネット環境が整い、様々なことを調べる事が出来ます。
こんな中でも、自己主張の強い人は「間違えている」と気付かずに、自分で「感じた事」「経験したこと」だけで人の指摘を繰り返したりします。
👆私は以前、社内教育を行っており、これを題材の一部にしました。
文を読むと勘違いされる方も少なくないと思うのですが、ビスマルクは経験に学ぶことを不定はしていません。
経験だけでは失敗する恐れがある、私はそうなりたくないから他者に学ぶのだ。
という事なのです。
日本でも同じような言葉があります。
守破離
もとになったのは千利休の訓をまとめた『利休道歌』にある、「規矩作法 守り尽くして破るとも離るるとても本を忘るな」を引用したものとされているそうです。
守破離 - Wikipediaより引用
「まずは先人の教えを 守る ところから始まり、習得できたらその型を 破る 。 最終的には独自に発展させ、型から 離れた 己のスタイルを確立する」
参照: apro-c.co.jp/syuhari-business/
逆に、「良いところをくみ取っていこう」と思わず、耳をふさぎ、目を閉じてしまう方も少なからずいます。
守破離の捉え方を間違えると先ほども話した通り、間違えた方向に向かいます。
INPUTする際に大事なことは【ありのままの知識を受け入れる・与える】です。
これって難しいですよね。
私がブログをやり始めた頃の話になるんですが、様々な方からDMやtweetが来ました。
DMに関しては内容如何でスルーしてましたし、一方的に「あーしろ、こーしろ」的な人もいれば親切に教えてくれる人もいましたね、あまりに情報量が多すぎて「何を信じてやればいいんだよ」とイラついていた時期もあります。
その時から、今まで教えてもらい役立っている事とは「OUT PUTする力を身に着けよう!そのためには正しい知識を身に着け、自分の中に貯めこまず、発信する力を身に着けよう」
👆これです!
その人には今でも様々教えてもらっています。
後は、私が今まで培ってきた知識を再確認しながら、発信しているという訳です。
破滅した人
ここで以前私に関わった方の話を例に話します。
その方は仕事上で関わっており、最初は色々教えてくれたので「良い人」と思っていました。
ですが、徐々に私のスキルが高くなると明らかに自分の色を押し付けてくるようになっていきます。《最初の頃にお世話になった》という事があり、一年くらいは我慢しましたね。
結果、業務上の重大案件が浮上し、それが私に関わっていた訳です。
その方は言いました「でも自分でやった事なんだからお前が悪いんだろ」
私はそこまでお人良しではありません。
今まで強引な手口でやらされた内容や、脅しとも取れるメールを全て用意、上司に提示し何を逃れました。(これ以前にパワハラにあったことから用意周到になりました)
彼は信用を無くし、部署移動。
その後もエゴを押し付けては同じことの繰り返し。
気分が悪くなる話ですが、この時の彼は重要なことを全くやっていませんでした。
だいぶ前に読み漁った文書を、再確認もせずに「自分なりの捉え方」をエゴとして押し付けてきたのです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
また次回お話しさせていただければと思います。
👇二つともぽちっとしていただければ嬉しいな✨