人の悪口は平気で言うが、耳が遠すぎて全く物事を気にしない…
そんな汚ジイ(妻曰く)の話です。
怪盗三雄
じいちゃんは以前から隠し事をするのは話したことがあったと思う。
私が妻と結婚した頃、彼は既に80代前半だった、もう馬鹿なことはすまいと思っていた時に事件は起きた。
私の家は元農家なので敷地だけは広い、家の隣に長屋と呼ばれる農機具全般を入れておく建物と、斜め向かいに車庫がある。
じいちゃんは長屋にあるトラクターを使い、しょっちゅう何処かへ行きたがるのだ。
だからあまりにも目立ってしまい、「あ~トラクターじいちゃんね!」などと役場でも有名になっていた。
美津子も「恥ずかしいんだよね」と何度かこぼすことがあったくらいだ。
トラクターに乗る事、それ自体は悪くはない。
しかし、既にナンバー登録もなく、免許センターへ行ってもやっとの思いで更新できるくらいだから危険極まりない。
実際、彼が70代の頃、私が飲み会があり足もなく、止むを得ず行きだけじいちゃんに頼んだことがあった。
そのときでも運転中フラフラと蛇行運転をし、危険をビンビンに感じた事があった。
だから80になってから免許の更新が来た時には、諦めさせる為にあえて連れて行った。
「はーい!次の方どうぞ」
「じいちゃん、呼ばれたぞ!いくで」
「おーんだか~?、なっても聞こえねっがったのぉ~」
この時点で聞こえてないのだから、更新は無理なのでは?と思えずにいられなかった。
「はい、では片目にこれを当てて、この円の開いているところを答えて下さいね」
「 …見えな~い! …見えな~い!」
本当にこんな風に言うのだ。
「… …」
見えな~いとドンドン頭を後ろにもたげていくから、顔は天を見上げ、余計に見えなくなるのだ。
とても恥ずかしかった。
「見えなきゃ諦めな!」
そういいながら頭を前に持っていく。だがすごい力で中々前に行かない。
「んだ事するとみえね~がな、なにすらんだ!」
「前向かなきゃみえねーろ!」
笑いをこらえる教官、(笑っている暇があったら不合格にしろよ)こっちは早くやめた方がいいと言ってほしいのに。
「三雄さーん、とりあえず大丈夫です、次からはお孫さんに乗せてもらうようにした方がいいかな」
と何故か通ってしまった。
「えっ!?」
(絶対見えてねーじゃねーかよ、なんで通るんだ?)
悔しい気持ちより疑問と彼が慢心しないかが心配だった。
だが、何が彼をそうさせたのか。
「ん~、もう運転しね~方がいいみてーだの~」
(チャーンス!!)
「そうだよ!俺が買い物とか病院連れていくから止めときな!ねっ!大事なじいちゃんだがな」
「んだのぉ~、おれも130まで生きねばね~っけのぉー」
(ちょっと無理)
こんなやり取りが以前あった。
それから妻と結婚し、息子も産まれると何故かやる気を出すこの男…
だから、義父にも「俺が守りますから」などとふざけたことをいうのだ。
話は戻り、彼は80代に入り免許は変換した。
でもトラクターには乗ろうとするので、うちのすぐ横の側溝に落ちたこともある。
運転は好きだが、下手だった。
それでもトラクターに乗り、何処かへ行こうとするから妻と話し合い、長屋に鍵をかけることにした。
あくる日、カギはあっさりと壊されていた。
「ねえ、じいちゃん、長屋のカギこわした?」
「だー、あんな事すればトラクターに乗れねーがな~」
「乗れなくするためにタケシが鍵かけたんだろ!!」
「せば、どっこもいけねぇなぁ~」
何処へ行くのだろう、あの世でない事は間違いない。
そこから私は長屋を封印することにした。
戸という戸は10cm以上の木ネジで建屋と止め、十字部分は潰して開けられないようにし、(私は専用工具で開けることができる)戸同士も新たな頑丈なカギで止めた。
それから数日たち、妻が見てほしいとビデオカメラをもってきた。
そこには数時間にわたって戸の横を破り、中へ入っていくじいちゃんの姿が一部始終写っていた。
「もう分かった、流石にこれ何時間あるん?」
「三時間でバッテリー切れたんさ」
「いや、そんなに見てらんねーわ」
目的の為なら時間を惜しまない、そして諦めない。
文面だけ読んでいたらどこぞの“プロジェクト何とか“みたいだが、そんなカッコイイもんじゃない。
そこには三雄がゆっくり、ゆっくりと戸を電動ドライバーで破ろうとし、失敗した為に次は壁をサンダーという工具で削り、破っていく様が写っていた。
もう見るのもしんどかった。
「良くずっとみてられたな~」
「こそっと見てるとなんか面白かったし、どうせ言ったって聞かないからケガすると嫌だし離れてみてたんさ」
あんた大物だよ。
「ここまで行くと大胆な泥棒だな…」
「ねっ、どうしようかな~」
「罠を張ろう、どうせまた破るんだし、入っても駄目だって気になれば諦めるろ!」
その週末
ほんとは休みたいし、息子と遊びたかったが長屋の再封印に取り掛かった。
先ず、壁は釘で打ち付け、内側からも太い木材で横に打ち付けていく。
こうすることで壁が開いても「まだ障害がある!」と思わせる。
次に入った時にトラクターのカギを差し込むはずなので、差し込んでも動かない様にバッテリーのコネクタを外しておく。
戸は元々かなり重いのだが、そこに穴をあけ、鎖で内側から鍵をかける。
戸自体を外しかねないので、積み荷用の強くて切れにくいバンドで建屋の柱に巻き付け引っ張れないようにする。
これを読んでいると「どこから出ていくの?」と思うだろうが、反対側に小さい戸(トラクターは出れない)があるのでそこから出て、木ネジで渾身の力をもって締めこんだ。
(これで大丈夫だろう!)
ふと思う、俺は何をしてるんだろう…
だから妻に労ってもらえることが唯一の喜びだった。
翌週
「ちょっとこれみてくんね~?」
まさか…
「じいちゃんまた破ったんさー」
「もういや、私実家に帰りますっ!」
「ここだろ?」
「そういう事じゃなくて…」
気が滅入った、今度は二階に梯子をかけゆっくりと登って行ったのだ。
こんなことに頭を使うくらいなら他に使うことは出来ないのか。
「でもさ~、今回は中から出てこれなかったから作戦勝ちじゃない?」
コールタールが大好きで、屋根にまで塗っており、それで滑りそうになりながらも地道に上がっていく。
とても80代のすることじゃない。
近所のおばちゃんは言う。
「おめさんとこのじいちゃんは大した人だ、畑も頑張って、敵わねわ」
そうやって褒めるからいい気になるんですよ。
そんなこんなで、次は二階の階段にベニヤを打ちつけて降りてこれないようにしたのだった。
三雄が「130歳まで生きねばのぉ~」といったのは息子が生まれたばかりの時に計算を間違い、成人するまで生きると勝手に言っていたからだ。
妻曰く「そんなに生きられたら困る!」
いやいや、しぶといよこの人は。
だって、線路の鉄骨勝手に持ってきて重石代わりに腹筋するくらいですからね。
(もう時効)