彼の行動は印象が強すぎて忘れようのないものが多い。
家具大工の三男に産まれたじいちゃんは、終戦を迎えた後に実家に戻ると、両親から出て行けと言わんばかりに婿に行かされたそうだ。
自分は被害者の様な言い様だったが、私は「自分が悪いんじゃねーの?」と思い黙って聞いていた。
彼はとにかく止まっていられない、「病気か?」と思わせるくらい何かをしようとするし、作りたがる。
そんなじいちゃんにも黙ってじっとしている瞬間があった。
【大河ドラマ】である。
『春日局』を見た時には本当に驚いた。
男泣きしているのである。私は傍から見ていて笑いをこらえていた。
婆ちゃん曰く「鬼の目にも涙だ」と馬鹿にして笑っていた。
あんたも人のことを言えないだろう…
祖父、祖母ともに長生きする家系で、曾祖母(以後ババちゃ)が亡くなったのは97歳と、中々の長寿であった。
ババちゃは両親がいない私のことを気にかけ、とても可愛がってがってくれていた。
穏やかな性格で滅多に怒ることなどないのだ。
そんなババちゃでもじいちゃんはキレさせる。ある意味すごい。
婆ちゃんも焚きつける時があるので悪いのだが、普段怒らない人なので、いざキレるとどう怒ればいいか分からない、廊下で物を投げたり、と物にあたりながら怒鳴っていた。
私が離れた所に居てもよく分かるのに、じいちゃんは全く気にもしない。
「じいちゃん嫌いだわ~」と本心で思っていた。
私が高校卒業の頃、じいちゃんはかなりの難聴になっていた。補聴器が手放せない状態である。
ババちゃが元気な頃も(彼が70代)耳が遠くなってきていたようなのでキレても聞こえていなかったかもしれない。
ただ、目の前で凄まじくキレていても無視するのは流石としか言いようがなかった。
おそらく婿として入り、耐性をつけたのだろう。
一体どんな家庭で育てばあんなに気が太い男になるのか、生まれ持ったものとしか考えられない。
じいちゃんが【大河ドラマ】以外で涙を流したことがあった。
理由は私の「離婚」である。
あれに関しては多大な迷惑と心配をかけたと心底思う。
結婚なのだから、お互いに原因はあった。
だから自分が疲弊しきったのも仕方ないと言い聞かせていた。
しかし、その頃の状況といえば、家にはじいちゃんと猫だけしかいなかった。
婆ちゃんは中程度の痴呆になり、家にいてもどこに行くかわからない状況。
じいちゃんは痴呆など気にせず、憎しみをぶつける時があり、「万が一は防がなくては」と思い、私が結婚する直前に施設に入所させた。
同居するかと思った時、妻は家を出ようと言った。
原因は婆ちゃんだが、親戚までいつ責めに来るか分からない状況だったので、その恐怖感が彼女を追い詰めたのだろう。
だが歳をとって、1人で家に居ることはどれだけ寂しいのか。
断腸の思いで家を出ていた。
仕事帰り、妻にバレないよう会いに行ったものだ。
ちゃんと食べているか心配で、彼の好きな大根の煮物を作って上げるととても喜んでいた、あの姿を思い出すと涙が滲む。
「俺は大丈夫だから、待っているからな」
そう言い、私を帰そうとするのだ。
折り合いが合わないから家を出ていく、これは私の両親と同じ事をしているじゃないか…
じいちゃんが歳をとり、心細さを表に出すようになっていた。
無理もない。
だが半年も経たないうちに私は破局を迎えた。
その話はいずれまた。
ともあれ私はめでたくもないが、単身じいちゃんの元へ帰る事となった。
4へ続く。